大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和43年(う)1942号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕そこでつぎに、前記認定事実に基づき、本件交通事故が被告人の業務上の過失つまり被告人が車両転回に当つて求められる必要な注意義務を怠つたことに基因して惹起されたものかどうかを考察するに、道路交通法二五条の二第一項においては、車両は、他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、横断し、転回してはならない」旨が規定されているが、ここに他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときとは、自動車運転者が他の車両等の交通がある道路で転回等を行なうに当り、その道路の幅員、見とおし状況、交通量、前後の他車両との距離、その速度等の具体的状況に照らし、当該転回等によつて他の車両等に直ちに事故発生の危険を及ぼすような場合はもちろん、他の車両の運転者をして、事故の発生を避けるために、急制動、一時停止、徐行あるいは異常な進路変更等従前からの運転方法を著しく変更させる措置をとることを余儀なくさせるような場合を指称するものと解するのが相当である。ところで本件における被告車両の転回行為が右にいう他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときに該当するものであるかどうか案じてみるに、まずその判断の前提として、前記対向西進車の存在を暫くおいて被告車両がその転回進路を妨げられないまま一気に転回できる場合を想定してみると、前記認定のとおり、被害車両が四七メートル後方地点から転回箇所(本件衝突地点)に到達するまでに要する時間は約6.6秒である一方、その間に被告車両としては、同車が転回の初動に約一秒間を要するものとしてこれを控除し、かつ、転回中の速度は終始時速五粁(秒速約1.4メートル)を維持するものと仮定した場合において、約7.8メートルを進行するものと計算され、さらに、前記当審の検証における実験結果に徴してみた場合、被告車両は車首を舗装道路北側線から道路中央部へ三メートル足らず突き出して急停車するまでに平均5.67秒を要し、また、完全に転回を完了するまでには平均7.47秒を要するというのであるから、右急停車地点からは僅か1.7秒ほどで残余の転回を終えることができる関係にあり、他方、右転回に当つての被告車両の走行距離は、転回を完了したときで一〇メートルは下らず、途中急停車地点まででは転回のため円弧状に進行することを勘案して約五メートル(直線距離では4.4メートル)とみるのが相当であるから、結局被告車両は前記急停車地点から1.7秒間に少くとも五メートルを進行できることとなり、右のような状況から推すと、被告車両は、被害車両が転回箇所に到達する間に、前記急停車地点からさらに約2.35メートル、舗装道路北側線からみれば5.35メートル足らずを進行しているものと推認できるのであつて、これに被告車両の車長、転回開始地点等をあわせ考えると、右いずれの場合によつてみても、被害車両が転回箇所に到達した際においては、被告車両も相当距離を前進し、その車両後方の道路部分には原動機付自転車である被害車両が通行するに足る程度の余地は優に生じ得たと認められ、したがつて、後続車との関係のみに限つてみれば、被告車両は被害車両の前面を十分安全に通過し、転回できる場合であつたということがでさよう。しかしながら、本件の場合、被告車両はその転回途中で前記対向西進車が接近してきたため急停車のやむなきに至り、これに被害車両が衝突したという経緯が認められるのであるから、改めて右対向西進車の存在をも配慮しながら被告人の本件転回行為の適否を検討しなければならない。そこで、さらに考究するに、前記認定にかかる道路状況によれば、転回のために待機していた被告車両の一時停止地点から左前方(東方)への見とおし距離は七六メートル、同車が同所道路を転回し終るのに要する時間は約7.5秒というのであるから、被告車両の転回開始直前にはいまだ対向西進車がその視界内に見当らなかつたとしても、その転回開始と同時もしくはその直後ごろに始めて同視界内に現われて走行してくる対向西進車があつたものとすれば、その速度が制限速度である時速四〇粁(秒速約11.1メートル)前後のものでも、同車は僅か七秒そこそこの短時間で転回箇所に到達する筈であり、そのときには被告車両として、右対向西進車との衝突等の危険を避けるために、当然一時転回を中断し道路中央部付近での停車を余儀なくされることになるが、これは同時に、被告車両の転回開始時にその四七メートル後方にあつて時速二五粁前後で東進したきつつあつた被害車両の進路を塞き、その進行を直前で遮断することにもなるから、いきおい同車をして事故を避けるための緊急措置(急制動、転把等)をとらざるを得ない破目に陥れることも明らかであつて、右のような被告車両の転回行為(転回途中で急停車することも含め)は、前説示における意味で後続車たる被害車両の正常な交通を妨害するおそれを生じさせると同時に、前記認定のごとき相互車両の位置および距離関係、その速度等の状況からみて、事故発生の危険も予測されないでもない。してみると、右のような道路および交通状況の下であえて転回しようとする自動車運転者としては、その道路における車両の交通がひんぱんであるのに前方への見とおしが必ずしも良好でない場合であるから、いつ自車の転回に支障をきたすような対向西進車が接近してくるかも知れないことをも十分配慮し、その転回に当つて、単に後方からの交通状況を確認するにとどまらず、前方からの対向車の有無についても格別の注意を払うべきものであり、そのうえで、できる限り転回に要する時間を短かくするよう後記説示のような方法などを講じて素早く転回を完了する等して、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるといわなければならない。

これを本件についてみるに、前示のとおり、被告人は、道路北側の非舗装部分に車首を前方に向けて一時停車したのち、車回開始直前に一度前方を瞥見して対向西進車を認めなかつたことで爾後向方向への注視を行なわず、もつぱら後続する被害車両との関係のみに留意して、優に同車の前面を安全に通過、転回することができるものと軽信し、直ちに時速五粁程度で転回を開始したところ、現実には当該道路の最高制限速度もしくはこれを僅かに超える程度の時速四〇粁ないし四五粁の速度で西進してきた対向車があつたため、その転回途中、道路中央部付近まで進出した地点において急停車をせざるを得なくなり、よつて、後続の被害車両の正常な交通を直前で妨害したうえ、同車をして自車右前側部に衝突させて被害者に傷害を負わしめたというのであるが、右の場合において、被告人が転回開始直前に一時前方を見やつてその際には対向車が視界内に存在しなかつたことを確かめたのみでは、いまだ前方注視義務を尽くしたものとは解することはできず、前記状況から判断すれば、かりに転回先進後であつても早朝に再度前方の注視を行なつてさえおれば、自車の転回に支障をきたす前記対向西進車の存在に逸早く気付き、そのときは後続車の正常な交通を妨害しない範囲内の地点で停車も可能であつたと推認されるのでもあるから、被告人は右の限りで前方注視義務を懈怠したものというべきである。かつまた、転回自体に七秒以上を要する被告人の転回方法も決して適当な方法とは認められず、右被告人の車両転回に当つての前方注視および転回の方法において前説示の業務上の注意義務違反つまり過夫があることは明白である。

右の点に関し、所論は、本件のごとく交通ひんぱんな道路において車両が転回する場合には、他の車両すなわち転回車の後続車ならびに対向車に徐行、一時停止等の措置をとることによつてこれに協力して貰わなければ、同所においての転回は事実上不可能ともいうべきところ、本件のように道路の左側端に停車していた被告車両が右方向指示器を点滅して合図しながら右方に発進、転回しようとした場合には、その後続車は、道路交通法二五条二項その他の規定の類推適用によつて、当該合図をした被告車両の進行を妨けてはならないことになり、一時停止もしくは徐行等して被告車両の転回に協力すべき義務がある旨主張するのであるが、前説示のように転回車両の運転者に他の車両の正常な交通を妨害してはならない業務上の義務がある以上、その反面として、他の車両は右転回車によつて自車の正常な交通を妨害されない建前であつて、たとえ後続車において前車の右方向指示器点滅の合図等によつて同車が自車進路前方で転回しようとしていることをあらかじめ知り得る状況にあつたとしても、右転回行為が後続車の正常な交通を妨害する時期、方法で行なわれようとするものである限り、後続車としては、事故の発生を回避するためやむなく避譲措置をとらざるを得ない場合があるのはともかく、右転回に協力して一時停止、徐行等の方法を講じなければらなない義務まで負うものとは解されない。(本間末吉 松井薫 浜田武律)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!